SF ママチャリ日記

東京恵比寿・広尾から米国夫と5歳娘と39歳で初渡米。No Car ライフスタイルで、テク企業勤務しながらアラフォー育児に奮闘中。日本の電動ママチャリでサンフランシスコの急な坂も人生アップダウンも快走中

キャリアについて考える

今回の海外引越、即決したものの、一応決断理由としてあえて列挙するならば、1に旦那のキャリア、2に子供の教育、3に旦那の両親孝行(彼らの健康と孫とのアメリカライフ)そして、最後の最後に自分のキャリア・・・苦笑)バリキャリだと思われているので告知したときには周囲には相当驚かれたものの、そんなもんだと満足している。

Lean In のシェリルもいっていたが、女性のキャリアはジャングルジムでいい、と。まったくそのとおり。いいかえれば女性の人生もジャングルジム?みたいなものだと思う。結婚くらいでは何もかわらないとも思うふしもあったが、やっぱりそれで引越しとか海外転勤とかのケースもいっぱいあるし、出産なんて本当にそう。第二の人生。単純に自分(だけ)のものではなくなるし、『管理不可能な領域』への深い理解力・適応力・そして応用力が試される。ま、しょうがない、いいかっ的な銃柔軟性・受け入れ力というか。

そんな中でキャリアを積む(働く)、ってどんなことなんだろうか、と改めて考える。高齢出産ギリ手前で出産し、40歳ギリ手前でサンフランシスコに来て(マーケット変えて)という立場にたって、いろいろ思うところもある。

そもそも、私はそんなに具体的に教科書的に狙ったパスや夢があったわけではない。がつがつ上を行くとか、アントレプレナー狙いでもなく、キャリアの選択は常に『Keep my opportunities as wide as possible』で、ジャングルジムの高さや専門性よりも、広さと柔軟性を必然的に重視していたんだと思う。

思えば、初仕事の選択基準は①英語、②会計、③テクノロジー、ま、この3つがあれば、自分の選べる『マーケット』は大きくなり選択肢は広がるでしょうと。われながら賢い選択だったと思う。笑)

そこに、当時の上司つながりの誘いで『日本企業』『マーケティング』『契約』『コンサルティング』などの要素・経験を加え、でもやっぱり『テクノロジー』『グローバル』を軸にして、今たまたま、ネットというテクノロジー企業にいる。当初の素敵な上司と先輩にめぐまれたために、ながながと10年近く勤務している。この年でまた市場を代えてだと大変かなぁと思うけれど、実際、逆に20年近く日本市場のテクノロジー企業にいた、というのもそれなりに有効みたいだ。

これまでの友人・知人関係では、何かと国際結婚組も多く(なんと幼稚園からの歴代仲良しガールフレンドは、90%が海外居住!)、市場を変えてのキャリア形成はものすごい覚悟のいる複雑なジャングルジムであることを学ばされる。

また、日本で弁護士や医者をしている専門性の高いキャリアのケースだと実は尚更大変だそうで、彼(や夫)の国への移住を断念し、そのまま国際結婚をあきらめたケースもあった。最初から1~2年限定とかの学校・研究職とかも選択肢としてはないわけではないが、従来の『守られている』業種の専門職は、その反面、キャリアパスもステップも柔軟性がなく固定的で、帰国してからもいろいろあるんだとか。

そんな悩みを聞いていると、私みたいな自由を謳歌したい人には、やっぱり『中途半端』な専門性でも、なかなかいいんじゃないかとさえ思えてくる。テクノロジーの街にいるから、ってわけではないけれど、やっぱり『成長産業』に身を投じておくこと、はそれなりの自由度と選択肢の幅を広げるには有利なのかな。

専門性というキャリアか、人生のジャングルジムか。

 

そんな中、ノーベル賞の女性にまつわるこの記事に

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妙に心ざわつく今日このごろ・・・。